その無力さに涙し、悲しみに暮れることがある

手を伸ばし観察して、病気から護る。看護の言葉の根源。優しく、気高く清潔で、纏う衣服は白の白衣。人は白衣の天使と看護師の事を呼ぶが果たして天使なのだろうか?どんなに尽くして頑張っていても天使のようにはなれない。時として恨まれることもある。

知っているだろうか。産婦人科において性別を教えるところと教えないところがあるのを。それはいざ出産した時に性別が違った時の両親の態度からそうなったと言われている。結局のところ生まれて見なければわからないが、しかし、両親は性別を知りたがりすぐに「男ですか?女ですか?」と聞く。どちらでもいいという人ならいいが違う場合には暴言を吐かれることもある。いや、暴言だけならまだいいだろう。だが、恨まれることもある。知らない人は何故?と思う人も多いかもしれない。

産婦人科の場合、さっきも言ったように生まれて見ない事にはわからない。そう、わからないのだ。しかし、今は医学の発展でいろんな事を知りうることが出来る。例えば奇形とか。もし生まれてくる子供が奇形児だったらどうするだろうか?中絶をするだろうか?しかし中絶が出来ない時にきていたら?こういった場合は大抵泣かれ「どうして私の子が・・・。」と言って憎悪の瞳で見つめ知りたくなかったという。もしくは何故もっと早くに言ってくれなかったのかと。その悲しみや怒り、苦しみは医療従事者に向くことが多くこの場合恨まれることが多い。そして癌などの告知もまた。家族は言って欲しくないと言っても本人は知りたかったと、残りの時間を自由に使いたかったという人と、決して癌なんて言ってほしくないという人。癌であったとしても最後まで嘘をつき続けて欲しいという人がいる。

人も思いというのは皆同じなわけではなく、その思いもまた違う。その為に恨まれる事もしばしばある。感謝されることももちろんあるがそればかりではない。看護師は白衣の天使だと言われたりするが、決して天使ではない。悲しいぐらいに無力な人間で、その命を観察という技術で繋ぎおく事しかできない。

医師のように全てを尽くして助ける事も出来ない。看護師の力は医師の力を持ってしか緊急の場合は発揮されないのだ。本当にどうしようもない。この無力さにどれだけ泣いたことだろう。そしてこれからどれだけ泣くのだろうか?

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