出来て当たり前で知っていて当然の技術と知識
まるで積み上げていたものがガラガラと音をたて崩れ落ちるように、今まで積み重ねていたものが崩れていく。それなのに、まるで何もかもを知っているようにみて指示を出す。本当の私を見ようとせず、ただ自分たちが持っている知識や技術が同じであるかのように。
何も言わず淡々と仕事をしていた。それが当たり前の事だと思っていたし、できる事が限られていたから。否、できる事が限られていたわけではなく制限されていた。私の持っている知識と技術がそこでは全く違うものだから。その場所ではその場所のやり方に従ってもらうという事だろうか。それならそれでもいいと思っていた。だが、できないと決めつけて制限を付けたのは誰か。それなのに、その情報を周りに与えず、周りは出来るものだと判断してやってほしい事を伝えてくる。なんて情報の共有が出来ていないところなのかと思った。
それだけ、自分たちの知識や技術に自信を持ち、他の技術が入ってくるのが困るのなら技術を統一させるべきではないだろうか。そんな事もせず、言葉だけは巧みで、言いたい事を言ってくる。それは表でも裏でも。この場所でのやり方を教えていて、それが出来ていなければ、できていない事だけをそこの責任者に伝えているのだろう。いい事はなかなか話題にはならないものだが悪い事(できていない事)については指摘できるところはいっぱいあるものだ。
そこで働く人たちは言う。責任者は言うだけの事を言うが日によって言うことが違うと。そうかもしれないが、私から言わせれば君たちと責任者とやっている事はどう違うのかと聞きたい。確かに貴方達の方が多くの事をしているかもしれないが、全てにおいて統一性がないのは責任者とやっていることは同じではないのか。仕事にプライドを持って取り組むことはいいことだが、それを口にした時からその頑張りというのは失われてしまう。なぜなら評価するのはいつだって自分ではなく他人なのだから。その事に気付くのはいつだろうか?そして、自分たちが正しいと思っていることが全てではないということに気付くのは。
他人の目から見れば全てが同じように見えているかもしれない事に早く気付いてほしいと思う。