余りにも自分勝手に軽く考えられる胎児の生命

今の親はまるで子供のようだ。子供を子供としてみていない。捨てる事さえ躊躇わない。親の自覚が備わっていない人が多くなってきている。普通なら、子供が生まれるのと同時に母親は母性に目覚め父親は父親らしい考え方を持つようになるが、時代の変化なのだろうか、それがない。心のない時代になってしまったものだと私は思う。

出産するのに産婦人科に妊婦は通うが、産婦人科というのはリスクの大きな診療科である。どうリスクが大きいか。出産の時母体の出血の多さから死に至り可能性もある。また、奇形児が生まれる可能性もあり、そして、母体の心と体を傷つけるだろう中絶を行ったりする。中絶を行うと出産できる可能性が低くなることなど知っているだろうか。子宮を傷つけるのだから当然の事なのだが。

私は学生の時、婦人科の外来で働いていた。婦人科といえば産婦人科と違い更年期障害や、避妊治療、不妊治療などを行う。そして、中絶も。しかし私が働いていたところは外来しかなかった為、中絶は行っていなかったが。しかし、中絶の手術の介助を知る看護師はその悲惨さを語った。産婦人科だけは本当に怖い。もう行きたくないと。

さて、中絶が出来るのは何か月までかご存じだろうか?4か月までが中絶が許されている。しかし、陰ではそれを超えた妊婦の中絶も請け負っているところもあるそうだ。それは、その病院のシステムがそうではなく、その家族が妊娠何か月と知って、中絶できないと法で決まっているのにもかかわらず泣きついてきたりするらしい。

もちろん5か月の中絶を行うなんて悲惨でしかない。そもそも人の形を取り出している胎児の命を絶つのだから。

それ以上の胎児の中絶。例えば7か月ぐらいだとすると、陣痛促進剤を使って出産させるらしい。そして7か月もなれば今では助けようと思えば助けられる命で、普通に産声を上げる事が出来る。しかし、産声を上げる前に水に入れて窒息させ、死産で届を出すそうだ。私はそれを聞いて怖いと思った。それを行う病院も病院だが、それをさせる家族も最低だ。

しかし、中絶をした女性はやはり苦しみを背負う。子供を殺してしまったという罪悪感。むろん背負うべき罪だと思う。自分勝手な事柄で一つの生れ出たであろう命を奪ったのだから。その罪は自業自得としか言いようがない。しかし、いつかは気付くだろう。全ての命はただ一つの物で何よりもかけがえのないものだということを。いつかは。